2025年9月インド見学 報告

2025年9月18-21日インドデリー見学訪問の報告です

2025年9月インド訪問報告

インド訪問参加者数13名、2025年9月18日木曜日夕方インドデリー空港現地集合。
 岡山空港を朝7時発のANAかJALに分かれて羽田経由デリー直行便で、現地着16時ころ無事到着して、空港で見学団結成しました。

 空港からホテルへの広い道路には、スズキの車が多く4割強を占めていることを実感。インドでは自動車・バス・バイク・東南アジア特有のバイクに乗用席が付くトクトク(インドの名称はリキシャ?)とが同居し、高層ビルとスラムが同居し、さらに豊かな緑(街路樹や林)が同居する不思議な空間だった。空港では野犬?がのんびりしていて、道路には牛がのんびり歩き、トンビ・カラス・鳩・様々な鳥たちが飛び回る。犬は野犬というよりはのんきで太っていて噛みつくというような雰囲気がない。
 今回案内していただけるジョシさんに事情を聴くと、宗教上の理由で奥様は食事の一部を取り置き、犬・牛・鳥に与えているのだと。牛はヒンズー教で神様が乗る乗り物で大切にされていて、車も人も牛を避けて走るそうです。道では犬も牛も交通事故に遭ったものは見かけなかった。
 世界一のベジタリアン大国と言われるインドでは、ベジタリアンの割合が非常に高く、2022年時点でなんと人口の26.5%がベジタリアン!だという。案内者は、肉食するのはわずか13%だとも?。それにしてはインドの男性も女性もふっくらお腹の人が多く栄養が行き届いてると思われる。宗教が生活と密着していることがうかがわれる。
 その一方で、カースト制度の名残もあるようで、道路にははだしでやせ細った幼児に乞食させる兄?などもいて貧富の差は大きいことがうかがわれる。
 その後、ITCホテルズの空港の西側近くにあるドワルカにあるホテルへ。
 今回、同行してくれた事務局さんが団の情報共有手段としてあるSNS利用を提案。ホテルでWifi使えるようになり団員全員が賛成しさっそく採用。一挙に団の行動として必要情報が全員に共有されIT利用の新しい段階に突入。最初に共有した情報は、「翌朝は朝8:15ホテル出発」。その後、部屋に入り、最初の夕食会食はホテルの夕食会場の奥まった一角で行うこととなり、乾杯の後で皆がそれぞれバイキングで取りに行き夕食が始まりました。
 ホテルは、新しい空港の西側に新しく開発された地域にでき地域には住宅・ビジネスだけでサービス業などのお店がなく、またインドにはコンビニもなく、買い物はホテル内に昼間時間帯だけ開いていた販売店だけで、そこでお酒などを調達した団員もおりました。

2日目 JETROと会社訪問

 翌日金曜日は、団の目的の企業訪問。今回は1日で3か所訪問というハードワーク。8時15分にホテル出発!
 最初は、JETROインド(デリー)へ。

 まず、JETRO INDIA Delhiを訪問。素晴らしい建物にある事務所を訪問し、JETRO INDIAの丸山春花Senior Directorとインド目本商工会の宮本 宝哉様に、インドの近況やインド商工会の活動内容を資料と質疑応答で教えていただいた。

 次の訪問先Exedy India デリー では、遠藤社長以下多数が出迎えてくださり、まず記念の植樹式があり団の会長と副団長がそれぞれ植樹を行った。事務所での事業説明やインド進出の経緯や苦労話をお聞きしたのち工場現場を詳細に見学させていただいた。インドの自動車やバイクの各社に大きなシェアを築かれたExedyさんは、14億人の市場で自動車とバイクのトランスミッション部品供給を行っている超量産工場ではあるが、人海戦術方式の昭和の日本の製造業が残っていて、一方では現代の量産の品質管理思想の、製造工程内に入れ込まれた品質管理システムも組み込まれていて一同納得。
 インド製造業の平均賃金水準や従業員の勤続年数や待遇なども教えていただいたが、従業員雇用では入職する前に仕事内容の教育と安全教育が必須だという自動車メーカーの要求もあるということで、立派な安全体験道場や入職前教育設備が印象的だった。

その後、近くのホテルに移動しExedy遠藤社長・難波部長とインド日本商工会の杉野専務理事も入っていただきインドバイキング昼食をいただく。

 その後、Kobelco India本社へ移動し、今年5月に赴任されたというHAYAMA CEOから事業紹介をしていただいた。団員に広島の工場と取引がある会社も参加していて有意義な交流となった。建機メーカーである同社のインド拠点の戦略的な意味や市場での評価など強みと中国建機の進出との競合事情など教えていただいた。インドでの建機需要の分野ごとに仕事の仕方の違いからくる要求性能と価格に大きな違いがあり、長期間連続酷使稼働となる鉱山用途では高い品質評価で同社製品が高いシェアを獲得していることが理解できた。
 コベルコ建機インド本社訪問には、エクセディの遠藤社長・難波部長とインド商工会の杉野専務理事も同席されインドのデリー在住日本人会の機会ともなったことは意義深い貢献でもあった。

 インド訪問2日目の企業訪問終了し、ガイドさんが推奨するごく小さいけど有名なお茶専門店へ。お茶の説明の後に高級茶やチャイなどを試飲し、多くの団員が空港で両替したルピー(ほとんど2円=1ルピー)を利用してお土産を購入した。
 その後インド料理店での夕食懇親会ではビールで乾杯。ガイドさんからは、胃腸の免疫ができない短期間のインド滞在では店で出されるお水と氷と生野菜・果物(包丁使う)は厳禁だと。飲めるものはビールとワインだけ!インド料理を堪能したけど、日本料理が恋しくなったという人も。
 ただ、夕食が妙に唐辛子やスパイスがきつくないなのでなぜ?と聞いたら、日本人向け味付けにしてもらってるというので、現地レベルにしてと2品を追加したら納得できる羊肉カレーなどが出てきたが、辛さはさほどでもない。岡山でインド料理店に慣れているためかも。岡山のインド料理もインドレベルになってきてるようだ。

3日目 デリー市内名所旧跡と官庁街見学

 翌日、土曜日は夕方15時にはデリー空港で出国準備という慌ただしいスケジュールのため、市内の3つの重要文化施設とインド官邸などの重要施設周辺バス車窓からの見学とお土産買いに、朝8時15分にホテルチェックアウトして出発。

 インド市街をバスが走るのだが、土曜日なのに道路が大混雑しているのは、土曜が営業日の企業がまだ多いためだと。モディ首相が入った大きな映像があちこちにある。大統領制のインドだが政治的実権は首相が持っているという。
 デリー名所見学の移動途中で、首相府・大統領府など政府の主要機関と世界各国の大使館が集まった国家の枢要部分をバスの車窓から見学する。大国インドの政府機関はそれぞれ威容を誇っている。その一角に大使館をまとめて配置する都市計画に感心した。その後近くの中華料理店で今回インド訪問最後の会食となった昼食。デリー到着以後インド料理が5食続いた後でほっとした。
 昼食をいただいたFUIJIYA(フジヤ)は、日本語名なのに中華料理専門でスタッフはインド人ばかりで中国大使館にほど近い有名高級料理店だった。ただ、不思議なことに紹興酒が置いてない。ビールとワインとウイスキーと中華料理だった。野菜と肉の鍋のやさしい火鍋スープが好評だった。

今回のデリー市内の名所旧跡訪問先

インド最古のイスラム遺跡群・歴史的建造物クトゥブ=ミナール

  奴隷が建国した奴隷王朝のアイバクが建てたインド最初のイスラーム建築。1200年、デリーの近郊で建造が始まったモスクのミナレット(尖塔)で、インドのイスラーム化を示す貴重な文化財である。

Qutb Minar, NEW DELHI

  ・アイバクデリーを征服すると、インド最初のモスクを建設した。そのミナレットとして建てられたのがクトゥブ=ミナールである。この奴隷王朝の初代スルタン、アイバクが建てたクトゥブ=ミナールは、インド最古のイスラーム建築として重要であり、精密なアラビア語を意匠化した彫刻が見られる。ただし、モスク建築をよく見ると、イスラーム美術にはにつかわしくない裸女のレリーフがある。これは、アイバクがモスク建築を急ぐあまり、その地にあったヒンドゥー寺院を破壊してその建材を流用したからだった。

 

  世界遺産 クトゥブ=ミナール

  クトゥブ=ミナールと周辺の記念物は、1993年に世界遺産に登録された。インドの首都のデリーの南、数キロメートルのところに在り、高さが72.5m、麓の直径が14.32mで上部に行くにつれて細くなる尖塔である。13世紀に建造された、インド最古のイスラーム建築で、モスクとそれに附属するミナレットとして建てられた。

 → ユネスコ 世界遺産センター Qutb Minar and its Monuments, Delhi

ムガル帝国フマユーン皇帝の霊廟と庭園から構成されるフマユーン廟

 ムガル帝国とは、1526年、アフガニスタンから侵攻したバーブルがデリーに建国したイスラーム国家。16世紀後半のアクバル帝の時に基礎が築かれ、17世紀後半のアウラングゼーブ帝時代に最盛期となり、ほぼインド全域を支配したが、ヒンドゥー教徒との融和策を廃棄したことから衰退し、18世紀にはイギリス・フランスの侵攻を受けて弱体化し、1857年のインド大反乱が起こり、翌年滅亡した。

 

インド北部に珍しいヒンドゥー教寺院のビルラー寺院

 日本仏教に伝えられたいろいろな守護神がヒンドゥー教の神々からきていることがよくわかる。1933年から建設が始まった寺院だが、素晴らしい像が多数ある。

 

終わりに

 バスでの市内見学を終えて、インドデリー空港へ。空港で解団する。案内していただいたジョシさんは、航空券を持っていないため、空港施設への入場ができず空港ビル入口で別れの挨拶を行った。見学先の名所旧跡では手荷物の中を全員チェック受けたり、出国手続きの中で、団員の一人は、持ち物検査でリュックサックの中を全て開けて様々な小袋まで開いて見せてやっとパスしたと。一方で、日本では問題にされる飲み水は問題にされなかった。隣国との紛争でテロ経験もあるインドでの警備の厳重さがよくわかりました。

 今回の世界最大人口のインドの首都見学旅行は、世界を知るという意味で画期的な意義があった。インドは、人種的にはアーリア系が多く、体格が大きく身長・体重では日本人を大きく超える人々だった。インドは国内に21の言語があるということだったが、様々な点で日本とは大違いだった。そうしたことに直接触れる機会があったことが、今回の訪問の意義だったと思える。

 今回の見学では、岡山県産業振興財団、天満屋トラベル、訪問と見学許可していただいた上記各社様など多数の皆様のご協力を戴いたことに、感謝申し上げます。